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前橋地方裁判所高崎支部 昭和44年(ワ)216号 判決

主文

被告は原告に対し二七万九七一七円を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告のその余を原告の各負担とする。

原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  二四三万四六八四円の支払

二  訴訟費用被告負担

三  仮執行宣言

(被告)

一  請求棄却、訴訟費用原告負担

二  仮執行免脱宣言

第二主張

一  請求の原因

1  事故

原告は次の事故により負傷した。

(一) 日時 昭和四三年八月二六日午前八時四五分頃

(二) 場所 高崎市柴崎町九三六番地先十字路

(三) 加害車および運転者 乗用自動車(群5な三五八三)被告

(四) 被害車および運転者 乗用自動車(群8え六四一〇)原告

(五) 事故態様

本件事故現場は別紙見取図のとおり、東西に通ずる県道(乙道路)と南北に通ずる県道(甲道路)がほぼ直角に交差するところであるが、甲道路の交差点の手前には一時停止の標識が設置されている。原告は被害車を運転して甲道路を南進し、別紙見取図B点(一時停止標識の点)に一旦停車し、次いでC点まで進行して左右を確認するため停車していたところ、乙道路を六〇キロ以上の速度で東進して来た加害車が被害車前部に衝突し原告に入院三ケ月通院二三ケ月を要する脳挫傷、左大腿挫創、腰部打撲傷等を与えた。

2  責任原因

被告は前方注視義務、徐行義務、左右の安全確認義務、最高速度に違反する過失により本件事故を惹起したものである。(民法七〇九条)。

3  損害

(一) 治療費 五万五四一六円

治療費のうち原告の負担した分は五万五四一六円(昭和四四年五月二二日から同年八月二八日までの分二万一二八〇円、および同日以後同四五年一〇月二一日までの分)である。

(二) 入院雑費 一万八〇〇〇円

三ケ月の入院期間中一日二〇〇円の割合による。

(三) 休業損害 二八万四二〇〇円

主婦としての逸失利益日額七〇〇円の四〇六日分(事故より昭和四四年九月末日まで)。

(四) 慰藉料 一五四万円

原告は本件事故により一時危篤状態となり三ケ月入院し、昭和四三年一一月三〇日から同四五年一〇月二一日まで通院治療したが、頭部外傷後遺症(自賠法施行令第二条別表の後遺障害等級九級に該当)が残つた。原告の精神的苦痛を慰藉するには、頭書の金額をもつて相当と認める。

(五) 長女の付添費等 三九万四六七八円

原告の長女和子は昭和四三年八月二四日ウイーン留学のため横浜からナホトカ経由で出発したが、モスクワに到着した際原告が本件事故により危篤状態に陥つた旨の連絡を受けて引返し同年九月六日帰国し、その翌日から原告の入院中は付添看護に当り、退院後は家事を担当すると共に通院の際は常に付添い、同四四年四月一九日再度出発する前日まで看護に当つた。そのために次の損害が発生した。

(1) 横浜からナホトカ経由ウイーン迄の旅費 一三万二二四四円

(2) モスクワからナホトカ経由横浜までの旅費 八万四〇三四円

(3) 付添看護費用 一七万八四〇〇円

昭和四三年九月六日から同四四年四月一七日まで日額八〇〇円二二三日分。

(六) 被害車修理費 一四万二三九〇円

4  よつて請求趣旨記載のとおり損害金合計額の支払を求める。

二  請求原因の認否

1  事故について。(一)ないし(四)の事実は認める。(五)事故態様のうち、本件事故現場の模様が原告主張のとおりであることは認める。原告の負傷の部位・程度は不知、その余は否認する。本件衝突の状況は次のとおりである。すなわち、被告は別紙見取図乙道路を時速約六〇キロで東進し本件交差点の手前約二五米に差しかかつたとき、北方からのろのろと交差点に進入しつつある被害車を発見、直ちにハンドルを右に切つたが間に合わず、〈×〉の地点で加害車の左前部付近が被害車の右前部付近に衝突したものである。

2  被告が徐行義務に違反した点につき若干の過失があつたことは認める。

3  損害について。(一)治療費のうち二万一二八〇円の支出は認め、その余は不知。(二)は不知、(三)は否認、その余は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

本件の甲道路と乙道路との間には、幅員、道路の形状及び交通の状況においていずれも明確な差があり、原告は道路交通法三六条三項により本件交差点に進入しようとしていた加害車の進行を妨げてはならない注意義務を負つていた。本件交差点の入口に甲道路にのみ一時停止の標識が設置してあつたことはかかる優先関係を推認させるものである。ところで、原告は加害車が進行して来るのに全く気付かず、本件交差点に進入しその進路を妨害したものであつて、その過失は重大である。したがつて本件の過失割合は原告七〇%、被告三〇%というべきである。また、原告は本件交差点に先に進入したけれども、その時被告はほぼ交差点から二五米の地点に来ていたのであるから、原告は被告に対し優先関係に立たない。

2  弁済

被告は本件事故に関し次のとおり五一万八四二七円を支払つた。よつて本件の総損害額に過失相殺を施し、右弁済額を控除すべきである。

1 治療費 三八万九七六七円

2 付添看護費 一〇万六五二〇円

3  入院雑費 一万三一二〇円

4  通院交通費 九〇二〇円

四  抗弁の認否等

1  被告主張の過失相殺は否認する。仮に本件の衝突地点が〈×〉点であつたとすれば、原告は道交法三五条により優先通行権を有していたものである。

2  被告主張の弁済の事実は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  原告主張の日時場所において、被告運転にかかる乗用自動車(以下加害車という)と原告運転にかかる乗用自動車(以下被害車という)とが衝突したことについては当事者間に争がない。右事故の態様について判断するに、〔証拠略〕を総合すると、被告は加害車を運転して別紙見取図乙道路を高崎方面から時速約六〇キロで東進し本件交差点中心部から約二〇メートル手前で被害車が同見取図〈B〉点付近に停止しているのを認め自車の通過をまつて発進するものと思いそのまゝ進行したところ徐行して進出して来た同車と〈×〉点で衝突したこと、他方原告は同図甲道路を南進し、本件交差点を直進するつもりで一時停止標識の手前で一たん停車した後、西側乙道路の交通を確認しながら徐行または停車しながら進行したが、本件交差点中心部より西方約六五メートルの地点を東進してくる加害車の後続車を注視していたため、その前を進行してくる加害車に気がつかないまま交差点中央部に進出し同車に衝突されたこと、をそれぞれ認めることができる。〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信しない。

なお原告の傷害について考えるに、〔証拠略〕によると、原告は本件事故により脳挫傷、左大腿挫創、腰部打撲傷の傷害を蒙り、直ちに内堀外科医院に入院したが、入院時は危篤状態で一週間意識が混濁していたこと、その後精神障害の治療のため昭和四三年一〇月五日から同年一一月二九日まで五六日間県立高崎病院に転入院し、その後同月三〇日から同四五年一〇月二一日まで同病院に通院治療を受けた(実治療日数二七日)ことが認められる。

二  被告の責任につき、徐行義務違反の過失があつたことは当事者間に争がない。

三  損害について。

(一)  治療費のうち、昭和四四年五月二二日から同年八月二八日までの分二万一二八〇円を原告が支出したことは当事者間に争がない。

〔証拠略〕によると、同年九月四日から同四五年一〇月二一日までに通院治療費三万一九五六円を原告が支出したことを認めることができる。そうすると治療費中原告が支出した額は五万三二三六円となる。

(二)  入院雑費について考えるに、前記一認定のとおり原告は九六日間入院したものであり、経験則上入院一日あたり二〇〇円の雑費を支出したものと認めるのが相当であるから、その範囲内で一万八〇〇〇円の支払を請求する原告の主張は理由がある。

(三)  休業損害

原告が家庭の主婦であることは〔証拠略〕によつて認められる。〔証拠略〕によれば、原告は本件事故当時満六四才であつたことが認められるところ、かかる高年令の主婦の家事労働は経済的に評価可能ではあるが、その経済的価値は日額五〇〇円程度にとどまるものと経験則上判断される。そして、原告の傷害の程度に照らせば、原告が家事労働に服し得なかつた期間は入院中の三カ月と退院後の三カ月の計六カ月と推認され、これを左右するに足る証拠はないから、原告の休業損害は九万円をもつて相当とする。

(四)  慰藉料について。原告は前認定のように傷害により入院九六日、通院二三カ月(実治療日数二七日)を要したが、〔証拠略〕を総合すると、その起居動作はほゞ外見上通常人と異ならない程度に回復し、昭和四五年春頃から再び自動車の運転をするようになつたこと、ただし、本件事故の後遺症として注意力・記憶力の減弱、頭重、眩暈、不快感、易疲労性などの神経症状を呈していることが認められる。右の入通院期間及び後遺症(後遺障害等級一四級に該当すると認める)、その他の諸事情を考慮すると、原告の慰藉料は七〇万円をもつて相当と認める。

(五)  長女の付添費等について。〔証拠略〕を総合すると、原告の長女は本件事故のためモスクワから帰国したが、原告の入院中は付添をしなかつたことが認められ、退院後付添看護をしたとの主張事実はこれを認めるに足る証拠がなく、同人の旅費についてはその支出者が原告であることの主張立証がないから原告の損害とは認め難く、結局この点に関する原告の請求は理由がない。

(六)  被害車修理費について。〔証拠略〕によると、原告が被害車修理費一四万二三九〇円を支出したことが認められる。

四  被告の抗弁について判断する。

1  過失相殺について。〔証拠略〕によれば別紙見取図甲道路の幅員は五・五メートル、乙道路の幅員は約七・二メートルであつたことが認められ、甲道路の交差点手前に一時停止標識があつたことは当事者間に争がない。右の事実によれば本件交差点においては乙道路を進行する車両が優先権を有していたことが明らかである。右の事実に前記一で認定した事故の態様を併せ考えれば本件事故については原告に重い過失があつたことが認められ、過失の割合は概ね原告七対被告三と判断される。なお前認定事実に徴すれば原告に先入車両としての優先権があつたといえないことも明らかである。

2  弁済の点について考えるに、原告は治療費のうち自己の支出した一部を請求するだけであるが、その趣旨とするところは、本件の治療費全額を損害として請求すべきところ、すでにその一部は弁済を受けたから残額を請求するというにあること明らかである。このような場合には原告が治療費の全額を請求し、これに対し被告から一部弁済の抗弁が出された場合と同様にとり扱つて、治療費の全額につき過失相殺をほどこした上、弁済を充当するのが公平に合すると解されるから、被告の弁済の主張は理由なしといえない。しかして弁済の事実については当事者間に争がない。入院雑費の弁済についても当事者間に争がない。しかしながら、付添看護費及び通院交通費については、原告が何ら請求しないが、その請求が全く認められないところであるからこれに対する抗弁も採用するに由ないものというべきである。

五  以上を要するに、原告の受けた損害は治療費四四万三〇〇三円、雑費一万八〇〇〇円、休業損害九万円、慰藉料七〇万円、自動車修理費一四万二三九〇円であつて、この三割を被告が負担すべきところ、被告は治療費三八万九七六七円、雑費一万三一二〇円を弁済しているから、右両費目については原告の請求権は消滅したことが明らかである。したがつて、原告の請求は休業損害、慰藉料及び物損の三割にあたる二七万九七一七円の限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却することとし、民訴法九二条、一九六条を適用し、仮執行免脱宣言はこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

見取図〔略〕

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